ほっかいどう学推進フォーラム 設立記念シンポジウム

パネルディスカッション「ほっかいどう学に期待する」


●新保理事長
 広大な北海道には、知っているようで知らない多様な魅力があります。例えば、食料自給率が高い十勝平野は元来肥沃な土地ではありません。泥炭地であり、火山灰がある大変な土地を人の力で良い土地に変えていった歴史があります。我々はこうした北海道の豊かさ、安心、魅力が当たり前ではないことを忘れてはいけません。このパネルディスカッションでは、前半は「自分と北海道とのかかわりや問題意識」、後半は「北海道への期待」という視点で4名パネリストの皆さまのお話を伺います。

■セッション1:北海道とのかかわりや問題意識

●新保理事長
 それでは、まず、「自分と北海道とのかかわりや問題意識」についてお願いいたします。

〇平野 令緒 氏(北海道開発局建設部長)


北海道の人間が北海道を知らない

8期計画の推進に向けた活動の中で、2015年に道外の方に北海道の食と観光をPRするツールとして、北海道の歴史をコンテンツとして紹介するパンフレットを作成しました。これが私自身、北海道の歴史を再度認識するきっかけとなりました。

パンフレットの見開きをご覧いただくとわかるように、和人が入ってきた歴史はたしかに150年ですが、それ以前にも確かに北海道には歴史が存在しますし、掘り起こせば色々なものが残っています。まずは北海道の人間が一度北海道を見て回って、きちんと勉強しなければいけない、というのが問題意識です。

〇石本 歩 氏(札幌市立緑丘小学校教諭)


先人の想いや苦労は子どもたちに響く

小学校3年生の担任をしています。北海道の「もの」、「人」、「事」を使った2つの授業をご紹介します。

一つ目は「村橋久成」を取り上げた6年生の歴史の授業です。6年生の歴史の教科書には「北海道」という言葉はおよそ10回しか出てきません。当然、子どもたちは誰も村橋を知りませんでした。村橋は東京に建設が決定されていたビール工場を札幌に、と強く訴えた人物です。強い覚悟をもって、外面、内面の両方から日本を近代化しようとした村橋の思いを45分間の授業で学んだ子どもたちは、「当時の日本にとって(ビール工場が)それほど大切な場所だったとは知らなかった」「自分たちの北海道に誇りをもった」といった感想を発表してくれました。

二つ目は、排水の技術、「暗渠」を取り上げた6年生の授業です。教科書に載っていないことが多いので「ほっかいどう学」の冊子を使いながら学んでいきました。それだけでなく、工場からは土管を、泥炭博物館からは泥炭をいただき、子どもたちは実際に手に取ることができました。土管も泥炭も触ったところで、足りないものは「手作業の苦労」ということで、学校の中庭にスコップと鍬で穴を掘り土管を埋める体験をしました。

授業ではロシアの南下政策にも触れ、最新の技術を取り入れながら大変な苦労をして広大な北海道を開拓してきた北海道の歴史を学び、先人の思いや苦労によって、現在の日本の近代化が成し遂げられたということに子どもたちは気づいていきました。こうした授業を通じて、身近な北海道の歴史、産業遺産に対する子どもたちの反応も変わっていきました。

〇今井 太志 氏(公益財団法人アイヌ民族文化財団専務理事)


今も続くアイヌ文化を知ることは北海道を知ること

「ほっかいどう学」の中でアイヌ文化は一つの重要なパーツであると認識しています。そのアイヌ文化を学ぶ上で、4月にオープンする「国立アイヌ民族博物館」は非常に入りやすいと思います。アイヌの伝統舞踊や、伝統的な手仕事を見学したり、体験出来る工房などがあります。アイヌ文化が今も生きている文化であるということ、アイヌ文化との共生が北海道にとってどのような意味があるのかを考えることができる施設になっていると思います。

現在、全国から多くのスタッフが博物館に来てアイヌ文化を伝えるために日々研鑽を重ねています。ぜひ彼らとコミュニケーションをとっていただき、彼らの想いも感じていただきたいと思います。

〇和田 哲 氏(㈱アルタ出版編集部部長)


北海道の中で北海道の歴史を共有すべき

 北海道の中で歴史が共有されていないことが大きな問題であると感じています。
 本州とは違いますがが、北海道にも長い歴史があることが認識されていません。また、アイヌ文化も知っているようで知らない人が多いのが現状です。

アイヌの人々は文字を使わなかったため、文字の記録がなく、歴史の教科書で教えるのを難しくしていると思いますが、統一政府を持たず、自然を維持しながら800年以上の歴史をもつ民族は、世界の中でも稀です。アイヌの人々には、北海道の豊かさ、自然を守るアプローチが経験や知恵として受け継がれています。

また、話し合い、社会の維持の仕方、世界との交流の仕方など、和人の基準とは異なるユニークな文化があります。こうしたことを、北海道に生きる人々が最初に学ばなければならないと思います。

■セッション2:ほっかいどう学に期待すること

●新保理事長
 ここからは、学校はもちろん、それ以外の家庭、地域、社会教育、メディアも含め、「ほっかいどう学に期待すること」について、皆さまのご意見を伺います。

〇今井 太志 氏(公益財団法人アイヌ民族文化財団専務理事)


アイヌ文化を知ることは北海道に生きる人々の人生を豊かにすること

「知る」ことは本来楽しいことであり、人生を豊かにしてくれます。アイヌ文化は今も北海道の中に生きているということを知ることは、人生を豊かにすることに通ずる、ということを、「ほっかいどう学」を通じて広めていただきたいと思います。修学旅行生用のプログラムも企画しています。修学旅行だけでなく、企業研修でも、ぜひ、国立アイヌ民族博物館に来ていただきたいと思います。歴史の流れの中で仕事をしていることを知っていただくことは、企業活動にも役立つのではないかと思います。

〇和田 哲 氏(㈱アルタ出版編集部部長)


子どもたちが北海道の現実を知り、未来を考えるきかっけづくりを

歴史や文化が大事という話をしましたが、それだけではなく、未来を担う子どもたちには、今の北海道が如何に厳しい状況に置かれているのか、それは、いったい何故なのかを伝え、これからどうしていくのかを考えてもらいたいと思っています。一つ言えることは、全国標準は北海道には当てはまらない、ということです。鉄道を例に挙げると、北海道の鉄道の廃線が全国ニュースで紹介されると、「乗らないから廃線は当然。国に頼るのは虫が良すぎる」というコメントを見聞きします。しかし、人口密度の薄い広大な北海道と本州を同じ考え方で議論することはできません。北海道の鉄道は開通してから140年間一度も黒字になったことがありませんが、私はそれでもよいと思います。鉄道として収益を上げていなくても、鉄道があることで北海道に世界中の人を呼び寄せ、観光資源として北海道に貢献していれば、それは鉄道の一つの役割だと思います。そんなことも子どもたちに考えさせるきっかけを作れればと思っています。

〇石本 歩 氏(札幌市立緑丘小学校教諭)


「ほっかいどう学」を教えるための適切な資料、情報提供を

実は、先ほどご紹介した授業を作るのに、複数の先生で3、4ヵ月かかりました。信頼性のある資料や情報を集めるのが非常に難しいためです。先ほどの授業で使った資料についても学芸員の職員さんにお手伝いいただき、史実との照合を行いました。この時代のこの部分、というピンポイントの資料を普通の学校教員が探すのは非常に困難です。そういった情報や資料を提供していただいたり、(情報を持っている)機関に繋いでいただけると非常に助かります。

〇平野 令緒 氏(北海道開発局建設部長)


日本における北海道の役割、位置づけを伝えたい

河川改修、農地開拓を総合的に進めながら150年という短い期間で開拓を進めてきた北海道は、世界的にも非常に珍しい地域といえます。子どもたちには、なぜ北海道をこれだけ開発しなければならなかったのか、日本の中の北海道の位置づけ、立ち位置を教えていきたいですし、北海道の方にももっと知っていただきたいと思います。学校との連携という点では、例えば、インフラツーリズムや出前講座などを通じて、地域の発展の歴史をご紹介できます。大切なのは、できた施設がどのように活かされ、これだけ発展したという「ストック効果」の視点です。そういったものを伝えるための資料やデータの蓄積はありますのでぜひ活用していただきたいです。北海道を切り拓いた先人の歴史を伝え、子どもたちに未来の北海道を考えるきっかけを提供していくことが我々の使命だと感じています。NPOと連携して、取り組んでいきたいと思います。

●新保理事長
 子どもたちは「よい資料」、「確かな資料」に反応します。これを「わかりやすく伝える」ことが重要です。アイヌ文化以外にも、たくさんの資料、データが埋もれています。開発局、博物館、学校、皆さまと力を合わせて取り組んでまいりたいと思います。パネリストの皆さまには具体的かつ有意義なご提案をいただきました。ありがとうございました。