令和の北海道を創る知恵とは
開会挨拶
国土交通省北海道開発局 局長
橋本 幸 氏
北海道開発70年にこのようなシンポジウムを開催いただき、関係者ならびにご参加いただいた皆様に心より感謝申し上げたい。今から70年前の昭和26年、戦後復興の要として北海道開発局が設置され、13ある一級河川の改修、高速道路、港湾建設、そして、土地改良を行い北海道の農業基盤を整備してきた。これまで、インフラは“縁の下の力持ち”という想いで地道に取り組んできたが、振り返るとその役割を皆さんに知っていただく努力がもう少し足りなかったように感じている。その意味で、こうしたフォーラムの存在や活動は大変有難い。本日のシンポジウムにはインフラ、教育関係の参加者が半々と伺っている。この機会にインフラに携わる側も自分たちを見直し、教育関係者の皆様にも何かしら現場にフィードバックしていただければ大変有難い。
基調講演
北海道大学客員教授
小磯 修二 氏
歴史的文脈で政策を振り返る
本日は「北海道開発政策70年から見える未来」という、大変難しいテーマをいただいた。70年というキーワードから思うことは「歴史的な文脈で物事を見つめること」の大切さである。単に過去の歴史的事実を調べることと、政策を歴史的にみることは違う。現在の政策とのつながりを見つめながら過去の政策を振り返り、反省と検証によって将来の政策の議論につなげていく、そうした思考が大事だと感じている。
北海道開発を支えた「予算一括計上」システム
歴史的にみると言ったとき、北海道開発政策は「戦後」から語られることが多いが、「戦前」の明治以降150年の時間軸で見えてくるものがある。具体的な例として、「予算一括計上」という北海道開発政策の仕組みをご紹介したい。これは言い換えると「予算の見える化」であり、地域の公共事業に関わる予算が一括して明示されるシステムで、北海道と沖縄だけのものである。戦前の明治以降の北海道開発は旧内務省が所管する「拓植費」を財源としてきたが、戦後、GHQにより内務省が廃止され、北海道開発予算は各省庁の奪い合いとなった。一方で当時の日本は植民地の45%を失い北海道開発が急務であったことから、拓植費に代わる新たなシステムを創ることが大命題であった。結果、GHQの反対にもあい大変苦労しながらも、使用は各省庁に権限を与えることで妥協し、出来上がったのが予算一括計上である。
日本に、海外に、活かされる北海道開拓の歴史的経験
このシステムには北海道に安定的に公共政策予算をもたらした、という大きな政策的な効果があった。そのため、戦後の沖縄復興開発政策や東日本大震災の復興庁設置の際にもこのシステムが潜在的に活かされることとなった。もう一つ、北海道開発の歴史を戦前から振り返ることで見えてくるのが「自賄主義」の思想である。戦前の拓植費が優れていたのは、この自賄主義の思想が貫かれていたためである。この思想は戦前の台湾統治にも見て取れる。日本は日清戦争で台湾を植民地としたが、当時台湾統治に携わった後藤新平や新渡戸稲造には「自分たちの地域で生産されたものを次の時代に投資する」という自賄主義を思想としていた。地域を尊重する姿勢は台湾の人々に受け入れられ、今では北海道経済を支えるインバウンドとして台湾は北海道にとって大きな存在となっている。彼らが北海道に対して抱く親近感の背景には、こうした政策の伝統的な共有感がある。
北海道の人々が北海道開拓の歴史を振り返る意味
近年はJICAでも明治以降の北海道の政策経験を示唆として国際協力に活かしていこうという動きがある。北海道の経験、政策、理念、思想を150年という時間軸の中で継承し、政策を理解してもらうことが、経済協力、国際協力の中でも重要だと考えている。
昨年11月に「地方の論理」という書籍を出版したが、象徴的だったのは、地方よりも東京からの反響が大きかったことである。地方の多様性、地方発から学びたいという想いを感じた一方で、地方の人々の地域に対する感度が鈍っている怖さのようなものを感じた。北海道の人々が自分たちの足元を見つめ、歴史的経験を自覚的に振り返る営み、努力が必要である。そこから北海道の発展に向けた議論につなげてほしい。「ほっかいどう学」の意味もここにあるように思う。
トークセッション
パネリスト
北海道の危機とチャンス~問題意識と解決方向のご提案~
吉岡 宏高 氏(NPO法人炭鉱(ヤマ)の記憶推進事業団理事長)
コロナ禍で携わっている博物館等も大きな打撃を受けたが、体質改善のチャンスと捉えている。これまで北海道の観光はあまりにも人数主義であった。全てとは言えないが、数よりも質を追求して良い地域があるのではないか。これからの時代は“誇り”や“歴史”“技”など、目に見えないものの価値が試されるように感じている。大変な時期に次を見据えられるかが鍵。危機の今こそ、わがまちの売りは何か、自分たちの足元をもう一度見つめ直し、質を高める、という方向で色々と試行することが重要ではないか。
蟹谷 正宏 氏(愛別中学校校長・上川社会科研究会会長)
教員の立場からは、子どもたちが社会科や総合学習の時間で学習したことが生活に結びついていないと強く感じる。子どもたちは大人が思うほど身の回りのことを理解していない。インフラ整備についても当然のように恩恵を享受しており、疑問を抱かない。一方で除雪の授業をすると、授業後も熱心に質問する子どもがいて、物事を知らないのは教えていない大人の責任であると感じた。学習内容と生活体験の双方向を教員が意識した実践を、一部の精鋭ではなく、いつでも誰でもできるようにしなければならない。
橋本 幸 氏(国土交通省北海道開発局 局長)
北海道は人口密度が全国一小さく、東京と比較すると1/100。事業の整備効果指標にB/Cがあるが、人口に影響される。税収の仕組みから考えると人口が多い地域に投資が優先されるのは理解できるが、この指標だけでは日本の食、インバウンド観光の大部分を支えている北海道の価値を計れない。人口減少対策としてコンパクトシティという考え方があるが、我々は一律にコンパクト化するのではなく、人口低密度地域を「生産空間」と定義し、インフラ整備によって住み続けられる環境を提供することで「生産空間」を守り、人口減少の危機に対応したい。
森 久美子 氏(作家、農林水産省 食料・農業・農村政策審議会前委員)
コロナ化による子どもたちの問題を考えると在宅時間の増加、外出機会の減少など、将来の心への影響が心配になる。北海道はこの危機をどうチャンスにできるか。一つは密でない地域の魅力。ワーケーションでも北海道を利用してくれる企業がある。また、一次産業が身近にある北海道は農業、漁業など体験学習のチャンスが多い。知識と体験は全く異なるもので、体験学習は人の営みを感じられる貴重な機会。知識よりも感じることが大事な年代がある。北海道の子どもたちは社会科の先生の努力で身近な生産空間に行けて、自分たちの食の原点を知ることができている。
インフラと教育が創る北海道の未来
蟹谷 正宏 氏(愛別中学校校長・上川社会科研究会会長)
社会科に長年携わって見えてきたことは、一人の百歩より百人の一歩を目指すべきということ。組織的に取り組む仕組み作りが大事だと考えている。インフラのことを学ぼうと思えば専門家と協働した授業づくりが必要であり、フォーラムの活動は非常に価値がある。地方では学校、地域、行政とが協働するコミュニティスクールが始まっており、そうした組織との連携も必要。教材のパッケージ化も現実になりつつある。炭鉄港の授業実践は地元にも他の地域にも愛着を醸成することが期待できる。みち学習も上川での実践を予定している。身近な事象から疑問を引き出すことで子どもたちの主体的な学びに繋がっていく。
ほっかいどう学には大いに期待している。
吉岡 宏高 氏(NPO法人炭鉱(ヤマ)の記憶推進事業団理事長)
キーワードは「いもずる」。見えないものに価値があるという話をしたが、実際は難しい。一方で、インフラは目に見えるものの象徴であり、わかりやすい。教材としてインフラには大きな期待をもっている。これからは造るよりも維持がメインになろうかと思うが、なぜできたのか、どう維持するのか、といったうんちくには魅力がある。題材は豊富にあるので小さなことからの体験でよいので、やり方をパッケージ化して、導いてあげればよいのではないか。また、フィールドは自分の地域にこだわらず、他の地域に目を向けることで上手く広域連携も進むのではないか。
森 久美子 氏(作家、農林水産省 食料・農業・農村政策審議会前委員)
インフラがあるから成り立っている北海道の生活。生産空間の学習で子どもたちにインフラの重要性を伝えたい。農業体験といえば、稲刈りなどを想像されると思うが、一般の人に田んぼの仕組みを理解してもらうために、施設見学なども含めて学習したことがある。大人も子どもも排水管を知らなかった。排水施設があるからお米、にんじんができる。参加者の一人からは「なぜみんな教えてくれなかったのか」と言われた。縁の下の力持ちという話がでたが、縁の下のことを語らなければ理解してもらうのは難しい。子どもたちには土の下にも興味をもってもらい、土台がないと何もできないことを伝えたい。
橋本 幸 氏(国土交通省北海道開発局 局長)
学校教育では大切なものを大切と分かる力を育ててほしいと願っている。一方、行政の役割は社会を構成するもの、必要なものを提供するということであり、国土交通省でいえばインフラ。しかし、その重要性を理解していただく場や仕掛けがこれまで弱かったという反省がある。長女が学校教員をやっており、総合的な学習の中でインフラを扱う可能性を尋ねたところ、非常に前向きな回答だった。カリキュラムに組み込むことは容易ではないだろうが、我々インフラ側が主体的に面白い仕掛けもしながら、教育側に働きかけていく必要がある。フォーラムとも連携し一緒に考えていきたい。
コーディネーター 新保元康理事長
非常に面白いご提案の数々をいただいた。今年北海道開発局と教育委員会が連携協定を締結した。知っているようで知らないインフラ。令和の子どもたちのために教育とインフラ側がお互いに仲良くなり、声を掛け合って未来を創っていくことが大事。またぜひこうしたディスカッションの機会を設けたい。